Copyrights 2012 Hiroyuki Noritake

Essay

Vol.44 / 2005.12.9

KORENOS「アブラカダブラ」ツアーも無事に天王山を過ぎ、今神戸で羽を休めている。昨日の徳山は徳應寺でのライヴ・・非常に印象深いものがあった。ご本尊さまを背に演奏に興じることは、かねてから夢だったことだし、演奏しながら宇宙と繋がるという行為は、むしろお寺でこそ相応しいとさえ思える。お寺とは元来、創造的な空間なのだ。

そんなことを考えながら「木馬」へ立ち寄ってみた。移転後の新店舗も雰囲気が随分と落ち着いて、すっかりマスター色に染まっている。「お~則竹くん!さっきまで佐渡さん来てはったんよ!昨日「一万人の第九」振って、今日は束の間の休息とってはるわ。」聴くところによるとその第九、眠っていても演奏出来るプロ・プレイヤーを敢えて使わずに、「どうしても演奏してみたい!」というアマチュアから公募してオーケストラを編成。育成に腐心しながらも今年で3年目を迎えたのだという。指揮者であるという孤独を、世界を相手に戦い続けるだけでなく、若手育成や地元関西の文化形成ということまで広く視野に入れて尽力されるその姿・・佐渡さんは本当に大きい人だと思う。

この辺で僕もマスターに自慢話(ご報告)のひとつもしておかなければならない。「カナダへ演奏旅行に行ってきました!!」「かなだ・・?どこやそれ?」「アメリカの上のキャナダですよ。やだなあ~マスター。」「お~っ、キャッナ~ダかいな!それはまたなんで?」「それはですね、シンクロナイズドディーエヌエーと云いましてね・・・」

シカゴ経由でモントリオールまで15時間。頭の血管は淀屋橋ブルースの手順足順で悶々と脈打っている。出発前日まで実に色んなライヴが立て込んでいて(これがまたそれぞれに素晴らしい体験だった!)、充分な準備ができないままの出発となった。

今回の目的は世界三大ドラムフェスティバルのひとつ「Montreal Drum Festival」に出演すること。そしてその翌日から最終公演地、バンクーバーを目指してクリニック・ライヴ・ツアーを行うというもの。移動続きの6連日本番である。日本国内でもそれは限界的挑戦に値するハードなものと言える。しかも各会場に用意された器材を自分で組み立てる。アシスタントくんのいる日常に慣れきったこの体で・・。しかも初めての国、まつ毛は凍るわ鼻毛は凍るわ極寒のキャッナ~ダ。英語もままならないというのに、「ケベック州の公用語はフランス語なのでよろしくね!」と前もって神保さんに脅されてもいる。恐ろしい要素は挙げればキリがないけれど、神様がくれたこんなにビッグなプレゼント。この身に起こるすべてを味わい尽くすのだ!

忘れもしない、あのロンドンのWaterloo事件(?)以来、僕はImmigration恐怖症に悩まされている。入国審査が怖いのだ。何もやましい事など無いのに「僕ビビってますオーラ」が大量に発散されるらしく、必ず執拗な質問攻めに遭う。ここカナダでもそうだった。
「渡航目的は?」
「僕、演奏家。ドラム、ドゥンドゥ~ン!カナダで演奏するツアー、みたいな。でも外貨は稼がない、みたいな。ユ~アンダスタ~ン?」
「?・・・・」
「だからビザは無~いです。でも観光じゃな~い、みたいな!」
「??・・・日程表とか名刺とか、出せ。」
「これ名刺(こんな時のためにヤマハさんが持たせてくれたニセ名刺)。それから日程表。ほらここ、よ~く見てプリーズ。モントリオール・ドラム・フェスティバルに出る。」
「ワ~オッ!!お前、グレート!ようこそキャッナ~ダへ。」
期せずしてこのフェスティバルが如何に有名なのかを知ることとなる。

到着ロビーでは現地スタッフが温かく出迎えてくれた。ホテルへ辿り着く頃には時差とエコノミーシート疲れでグッタリ。そこへ一足先にアメリカから現地入りしていた神保さんが颯爽と登場!Synchronized DNAがここに完成した。思えばDNAも結成から二年。二度の単独全国ツアーやCASIOPEAとのステージも経験して沢山の喝采を浴びた。大丈夫。いつも通りに楽しめば良いのだ!モントリオールの街の美しさにはたと気づく。関係者たちも皆、僕たちのパフォーマンスを心から楽しみにしてくれている様子がひしひしと伝わってくる。勇気と食欲が湧いて来た。その夜、700グラムはあろうステーキをたいらげた。幸せな眠りについたのだった・・・つづく!

Peace,